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30代で歩けなくなり、車椅子ユーザーになった私にとってずっと疑問だったのは、普通なら「怪我で歩けない=助けなきゃ、不便だろう」となる、それが当然なはずなのに、この日本では気持ち悪い、邪魔、鬱陶しいになるのは、なぜなのか? ということ。

おそらくその答えはアートにある。

この国ではアートといえばせいぜい岡本太郎の言葉でも読むのが関の山といったレベルだろうが、そこが問題なのだと思う。アートとは異質なもの、違和感、言葉にならないものなどを取り扱う代表的な分野だが、私のような障害者はある意味、健常者の人たちからすれば異物でもあるわけで、そのような「Otherness=異質なもの」と接した際に、どのような態度を取るか。知覚を働かせねばならないアートと違い、スポーツ観戦やスマホゲーム、アイドルのXアカウントにコメントを残すなどのみなさんの大好きな暇つぶしからは、どうやったって鍛えられようのない要素である。

ちいかわは礼賛し、アートは敬遠する。そんな精神的おぼっちゃん・おじょうちゃんの国。それが日本だと思う。

ついでに言うならば、言霊(ことだま)ではないが、自分らを健常者と呼び、怪我で困っている・不便を強いられている人らを(それだけの理由で)「障害者」と呼ぶ・カテゴライズする・忌避する、そのメンタリティにこそ、何にも増して魂(たましい)の貧困さが表出しているのではないか、私にはそう強く感じられる。

真逆の考え

音を出す上で、ある程度の緊張感や違和感、強度、ソリッドさ、冷たさといったことを意識しながらやっているのだが、ここのところ真逆の考え方に至っている。すなわち、ゆるさ、だらしなさ、弱さ、ソフトさ、温かさといったものの必要性について。

From Tokyo to Palestine: A Compilation of Music and Poetry, by Tokyo4pal

From Tokyo to Palestine: A Compilation of Music and Poetry, by Tokyo4pal

参加しました。

From Tokyo to Palestine: A Compilation of Music and Poetry, by Tokyo4pal
https://tokyo4pal.bandcamp.com/album/from-tokyo-to-palestine-a-compilation-of-music-and-poetry

「戦争に巻き込まれた罪の無いガザの人々に救いの手を、ガザの子供達に明るい未来を!」
「From Tokyo to Palestine: A Compilation of Music and Poetry」は、東京や日本国内のミュージシャンからガザとパレスチナの人々に向けた連帯の表れです。私たちは戦争を望まない人々への支援を目指しています。このアルバムの売上金はすべて、ガザの子どもたちのための「ガッサン・アブ・シッタ子ども基金」に寄付します。

“Extend a helping hand to the innocent people of Gaza caught in the midst of war, and bring a brighter future to the children of Gaza”
“From Tokyo to Palestine: A Compilation of Music and Poetry” is a demonstration of solidarity from musicians across Tokyo and Japan to the people of Gaza and Palestine. Our support is directed towards those who do not wish for war.
All funds from the sales of this album will be donated to The Ghassan Abu Sittah Children’s Fund, which is dedicated to the children of Gaza.

Logo Design: Masataka Takahashi
Art Work: tiwaeo art