1つの側面

陸前高田は、自分の生まれ育った場所だから、こうやって時間をかけているんです。これは個人的な事情に立脚した仕事ですから、もう写真がどうのというよりもっと言葉、歴史的なものなんですよ。震災以降、僕の作風が変わったという人がいるけれど、けっして作風なんかの問題じゃないんです。美術史がどうとかアートがどうとか、そういうお話と少し次元が違う、そこからはみ出してるような出来事なんですよね。撮影者がテーマを探して撮りに行けるようなものではない。世間で信じられているアーティストの首尾一貫性とか、そんなことはまあ、置いといていいんですよ。だって、何の気なしに撮っていた写真が、母の遺影になってしまうことがあるんですよ。それが写真というものの1つの側面なんです。それを「作風」として語ることは無意味でしょう? 写真という場所は、一枚岩じゃありません。

畠山直哉のゆっくり考えるススメ「写真家は過去と付き合う仕事」 – CINRA.NET

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