ポエム・サンフォニック

“複数の時間が同時に進行しているような音楽”を考えた坂本龍一さんが例として挙げた、ジョルジュ・リゲティの《ポエム・サンフォニック》(1962)というメトロノームを100台使う作品が印象的で。

今回のアルバムのテーマのひとつとして、始まりがあって終わりがあるようなひとつの時間ではなくて、複数の時間が同時に進行しているような音楽はできないかということを考えました。いちばんわかりやすい例としては、作曲家のジョルジュ・リゲティの《ポエム・サンフォニック》(1962)という、メトロノームを100台使う作品です。この作品は、複数の時間が同時進行していて、中心となるテンポはありません。世界中を見渡しても、こういう音楽はあまりないですね。民族音楽にしても中心となるテンポがあります。こうした複数の時間を持つ作品は、終わりがないように設計されているのですよね。始まりも終わりもないので、いつまでも続けられるのです。アルバムに収録するには、どこかで終わらなければいけないから、便宜的に終わっているのですけど・・・・・。永遠に「繰り返し」が起きないような音楽が、ここのところ好きですね。
- 『美術手帖』2017.05、p.21-22「音楽とインスタレーションのあいだ」

この作品はしばしば、米国のミニマリズム作曲家スティーヴ・ライヒに代表される進行性音楽や、同じく米国の実験作曲家ジョン・ケージの作品に代表される「慣習的な音に無関心な音楽」などと比較される。
ポエム・サンフォニック(100台のメトロノームのための) – Wikipedia

これは音楽の構造(ストラクチャー)の話でもあるとわたしは考えていて。その意味でも示唆的な気がしますし、なにか参考にできるアイデアがあればなと。そんなことを最近は考えたりしています。

真逆の関心

「曲にするなら、それをある程度の構築物にして欲しい想いはちょっとあるんだよね」とYaporigami( @underarrow )さんは仰るのだけど、わたしはこのところずっと真逆の関心を抱いていて。構築物というよりは、もはや崩れかけ自然と同化したほったて小屋のような音楽を作りたい。

I want to make music that looks like an abandoned hut by reducing the number of sounds as much as possible. That is my current theme.

水の音

水道とシャワーの曲を作りたくて、ずっとどうするか考えている。水の音、それだけで十分好きで。圧倒的な水量と飛沫の交わる感じが出せれば。

具体化

しかしクラックル音やグリッチなどの音は少々食傷気味ですね。ああいう粒子系の音は、最近のエクスペリメンタル・ミュージックのある種の傾向かもしれません。(中略)そういう粒子系の音というのはテクスチャー生成に寄与しますし、ある意味では機能的な音です。そういう音楽的傾向や方法論とは無関係に、自分がイメージする音をどのように具体化するかを考えたいですね。粒子系の音はグラニュラーシンセで簡単につくれますが、手からこぼれ落ちる砂の音をマイクで録った方が、作品により適当な音になるかもしれません。

interview with Takuma Watanabe イマジナリー・ラストアフタヌーン  | 渡邊琢磨 | ele-king

やる気

なんだか気が抜けてしまって。なにも手につかない。でもそのうち良い音楽を聴いて、自分でもなにかやりたくなるだろう。音楽のやる気は音楽で取り戻す、、。

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