Twitterのフォロワーが6人になる。新作の告知ツイートをRTしてもらったり、濱多剣治さんとモジュラーシンセの話をしたり。最初は一体どうして行けば良いのかと悩んだが、シンプルに「フォロワーを増やす」という方向性もあるようだ。
Ananga-Ranga
Merzbowの「Ananga-Ranga」、個人的ベストかもしれない。約30分間、ひたすら攻撃的でいられる凄さ。
10/6
「自分は写真家だ」「自分はこういう作品を作る」と、あらかじめ規定してしまうことで自由が狭まる、というような話を友人とする。展示やトークも単なる作家の活動やコンセプトの補強でしかなくなる。もったいないよね、と友人が言う。
知らない
VIVO、コンポラ、ミニマル、コンセプチュアルフォト、ニューカラー、ニュートポグラフィック、ニュードキュメンツ。
私は何一つ知らない。
4/13
べつに石を叩いたり木を削ったり絵の具を乗せたりしない写真家は、他のジャンルと違って素材の抵抗に遭ったりそれと格闘して挫折したりすることが少ないので、自意識ばかりが暴走しやすいというのが持論。
10/14
専門学校なり大学なりで教育を受けたわけでもなく、また誰かに教育指導を受けたわけでもない。制作費・機材購入費をかけたわけでもなく、他人の作品を買っているわけでもない。このような「投資」を行っていないのだから、当然、見返りもあるわけがない。アートという業界だって社会の一領域である以上、さまざまなしがらみ(人脈や金脈など)がある。そのような人脈・金脈を活かせない限り、私は万に一つもフォトグラファーにはなれないだろう。つまり、金がなければ業界内では生きていけないというわけだ。だから、私はもっと自由にならなければならない。自由になった上で、改めてどう生き延びるか? を考えていくこと。
3/30
アートの機能って「人間も捨てたもんじゃない」で十分だと思うんだ。